人生は去りがたい

 

 

人生は去りがたい

 

 

診療が終わった夜

一通のメールが届いた。

 

 

「大変遅くなりましたが、改めまして生前は兄・長山理が大変お世話になりました。

若葉駅前歯科の送別会で戴いたのでしょう『寄せ書き』を、自宅自室に、

人に見られないように飾ってありました。

自身だけが毎日見れるところに飾ってありました。

兄・理は17:50ごろ診療中に倒れ、そのまま一度も意識が戻らず逝きました。

急性大動脈解離と診断を伺いました。

一人の患者さんの診療が完了し、『説明しますね』と一度席を立ち、

戻ってきて椅子に座ったら発症してしまったようです。

椅子ごと倒れ、言葉は発しなかったようです。

患者さんのいない方向へ倒れた痕跡でした。

眼鏡でこめかみを切ったくらいで、不思議と苦しんだ様子もありませんでした。

私がかけつけた時には、すでに救急車が来て床で心マ、搬送ができたのは18:20でした。

はさみで切られたケーシー服のまま救急病院へ同乗しました。

私自身は駆け付けた瞬間は、どうにもならないとわかりました。

私は理学療法士で医療人です。

救急の患者さんを診ることは殆どないですが何故かもう『まこと』は居なくなった、戻ってこないと理解しました。

でも感情は別です。

ずっと足を擦って脈が触れることを、動き出すことを期待して呼び続けました。

1時間ほどして医師がフィルムを手に近づいてきました。

脊柱の彎曲具合から『まこと』のそれと見当が付き、やけに縦郭が広いので耳を向けたくありませんでした。

『心臓から出てすぐの血管が裂けたのでしょう』

そのあともいろいろ喋ってくれましたが、自分の頭に酸素を補給するのが優先だと研ぎ澄まし、あまり覚えていません。

苦しむ間もなく意識がなくなり、魂も自由に跳んだのでしょう。

 

もうそれだけ分かれば充分でした。

 

直ぐ近くで歯科医院を開業し、これから兄弟で力を合わせてずっとこの地で

人のために頑張ろうとお互い言葉はありませんが、信じきっていました。

 

お互いを頼りきっていました。

ずっと続くものだと思っていました。

 

ため息ばかりでした。寂しくてですね、息をするのも、苦しかったんです。

 

 

実弟からのメールを読み進める。

私の周りの酸素も薄くなり

文章は分水嶺の頂きへ。

稜線に立つ私の思考能力を奪い、

その一言一句が雹となって体を濡らし、体温を奪った。

吐く息は震え、吸う息は霧、寒さは怯えた。

右か左かの違いはあれど、所詮滑落するのは定められた過去で。

 

 

天草までのアクセスは悪い。

まず福岡に一泊して、そこから熊本空港へ。

熊本空港からレンタカーで何時間もの距離。

それとも熊本空港を経由せずに福岡から天草への

一日2便しかない直行か・・・

 

羽田から福岡に着くと、もう夜だった。

中州近くのホテルに泊まり、観光客さながらの屋台めぐりをした。

日本酒は繁枡がいい。

長浜ラーメン、おでん、焼き物とはしごをして充分に酔いがまわってしまった。

 

中州界隈の屋台めぐりは楽しい。

フレンチからイタリアン、バーの屋台にカフェの屋台まである。

酔いを醒まそうと、コーヒーとジンの専門屋台に入った。

店主は時間をかけて豆を挽いて、ドリップしてくれた。

こういう神経質な店は嫌いじゃない。

せっかくだからと、おすすめのジンをストレートで飲んでしまった。

酔ってはいたが、神経質でおいしいコーヒーのせいで眠れなくなってしまった。

次の日の昼の便で福岡空港から天草空港へ。

 

こみ上げる嘔気を飲み込みながら

揺れすぎる40分のフライト。

天草空港にはセキュリティも何もなく、くまもんが佇んでいた。

天草には何もないと思っていたのだが、実際何もなかった。

ただ、寿司を食べるのには困らなかった。

ミシュランの星を獲得するような寿司屋も2件ほどあった。

旬のもので関東ではあまり食べられないようなネタをおまかせで握ってもらった。

この時期の天草でしか食べられない、赤うには絶品であった。

日本酒は「花の香」。

 

天草で一泊した後、朝早くレンタカーで二時間、長山先生のご実家へ。

天草の海は美しい。

長山先生は時間があればこの海に船を出して

釣り糸を垂れていた。

 

 

岬の上にたつ生家で長山先生の御兄弟と、取り留めもなく思い出話にふけってしまった。

よく撮れた遺影の前で、ふいに弟さんが呟いた。

出された茶菓子のどら焼きを指さして「もう肌の色がさ、こんな色になっちゃって救命士さんが血管を取ろうとするんだけど、血圧がないんだから、取りようがないよね。あとで見せてもらったレントゲン、肺をほとんど隠すくらい心臓が広がっちゃって。もう死んでたんだよね。」

 

私が開業してすぐ、長山先生がクリニックの仲間になった。

それから数年後、自分でも開業したいと言い始め、

実家の天草へ戻っていった。

優しくて誰にも怒らない先生だった。

私の大学の先輩で、補綴科出身の先生だったが、外科のオペのアシスタントに

ついてもらうと、全てのオペがうまくいった。

オペの途中で多少の事故があっても、長山先生が隣にいると

冷静に二人で顔を見合わせて、「どうしよっかねー」なんて話して

焦らずリカバリーをして。

天性の才能なのだろうか、頭の中で一度見たCTの画像と

実際の患者の骨格とを重ね合わせて見ることができる、腕のいい外科医特有の

才能を持ち合わせていた。

 

長山先生が亡くなったという風の噂を聞いた。

携帯を何度も鳴らす。

携帯は鳴る。出る人はいない。

結局私は彼の阿頼耶識(あらやしき)にもふれられず。

それが三年前のできごとで。

 

計画的陳腐化で処理速度の遅くなった私の脳と携帯は、三年間も友人の死を気づけずにいた。

 

 

 

熊本の天草から帰った次の日は後輩の葬儀だった。奇しくも彼も動脈解離だった。幼子を残して逝くのは、あまりにも心残りだっただろう。ただ彼も皆と同じように、裸の我が子を自分の胸の肌で寝かしつけたのだとしたら、それは命の代償を支払っても得難い至高の至福だ。

 

人の生は薄羽かげろうの様だという。

いや、それは虹彩の感傷に過ぎない。

美しい結婚の後、かげろうは、産卵を終えたその淀みで命果てるのだ。

 

ここ数年で何人も大切な人を失った。

 

「また肝臓に転移しちゃってさ。」転移を繰り返す癌に、とりとめもなく続く抗癌剤に、ああ禿げてしまう、最後まで笑ってあの人は逝ってしまった。

 

医療の道を拒絶し、工業デザイナーとして名を馳せ、趣味が高じて窯を開き陶芸家・ナイフスミス・ガンスミスにもなった私が尊敬していた叔父も、離婚をきっかけに飲み歩く生活になった。弟と飲んだ後、弟がタクシーで叔父を家の前まで送って別れた。そのあと恐らく、はしごをしようと思ったんだろう。

家の前で凍死していた。

 

朝、診療中に電話が鳴った。患者の家族からだった。自死を選んでしまった。前向きに治療に取り組む姿勢が印象深かった。

 

若者の10人に1人が自傷をしている。

自傷行為に走る若者の30人中・29人は気付かれずにいて。

そして10年後、自傷を一度でも経験した若者の自殺率は700倍も高い。

安全剃刀の刃は没落した日本の幸福度を削ぎ落とす。

美意識の高まりは皮下脂肪と他人への寛容を削ぎ落とした。

 

ああ削られる、私はケバブ。

辛辣なジョークにも「いいね」で答えてくれ。

 

 

(篠山紀信「otokonosi」)

 

同い年の頼りになる彼は、居眠り運転で対向車線にはみ出して、トラックと正面衝突した。彼の左頬には広い擦過傷があって、触ると頬骨と側頭骨が陥没していた。苦しまず即死だった。葬儀の前にはパテと絵の具とファンデーションの死化粧。元の美男に戻っていた。

私の仕事終わりに彼が「おつかれ」と言って、サッポロ黒ラベルを差し入れしてくれた。

今でもその缶ビールは薬剤用の冷蔵庫の中で思い出を繋ぎ止めるように時間を凍らせる。

 

 

世の中は不条理で不平等で全てが不公平。

ただ死だけは不可避な公平性を持って、全ての人に歩み寄ってくる。

 

冷たい廊下を歩きながら認知症のすすんだ患者の元へ。

いつも攻撃的で、辻褄の合わない話を取り留めもなく空虚に向かって唱えている。

頬をはたかれ、治療する指に嚙みつかれ、拒絶され、奇声をあげられる。

私は攻撃者だ。

私は敵だ。

 

認知症の患者は、年々増えてきている。

2025年には日本人の人口の19%を超え、2030年には20%を超える。

認知症に携わる医療従事者の離職率は、異常なほど高い。

そんな認知の人が稀に見せる、異常なほどの正常。

今日もそんな日だった。

 

拘束帯で身動きは取れず、両腕にかぶされたミトンで指は使えない。

拘束された体と手のひらを優雅に動かしながら

私と金融関係の話を一通りした。

そして彼女はこうつぶやいた。

「死ぬのはわかってるのよね。ただ、一番の後悔はね

美しいものをあまり見てこなかったの」

 

彼女は食事を摂らない。

食事を食事だと認識できていない。

ただ、それだけのことだ。

 

家族は言う。

「食事が摂れなくなったのなら、それが生命の限界。

だから延命処置はしてほしくない」。

栄養点滴も胃ろうも望まない。

 

愛にもとづいた言葉なら罪はない。

ただ、愛の最初が理解ならば

認知症を理解しなくてはならない。

 

ノックを3回して、こちらに注意を向かせる。

視線の高さを同じにして目線を合わせる。

にこやかな顔でマスクを外して笑いかける。

優しく体に触れ、さすりながら

敵ではない、攻撃者ではないと悟らせる。

だから押さえつけてはいけない。

押さえつけられた患者は、攻撃を加えられたと感じて反撃をしてしまう。

こんなフランス式の認知症患者のケアを試してみたら

看護士に心配されてしまった。

「あ、認知すすんでるんで意思疎通取れませんから」

ユマニチュードは日本に根付くことはないのだろうか。

 

あなたが生まれて、この世で一番変わることのない愛を注いでくれた人。

大樹の年輪の様に、肥え太ったあなたを形作るのは注がれた愛。

瞳の中のあなたが透明になったのはどこ?  

美しい光を放つ虹彩、瞳孔 水晶体 毛様体?

そこには誠実に確実なあなたがいて。

 

ああ、世界は乾いてしまったな。

口の中の乾燥が酷い。舌はひび割れ、口臭がする。

薄羽かげろうの死体が何百何千と積み重なって、

一種異様な虹彩を放つ産卵場の淀みも干上がったことだろう。

 

 

時は清廉な悪意を持って桜の舞い散る秒速で過ぎるけれど。

人生は去りがたい。

もっと美しいものを見たい。

カロカガティアを(美なる善なるもの)見ていたい。

 

 

(黒木美都子「死と生-春-」)