僕はもう往診をしない

 

僕はもう二度と往診はしない。

とても昔のことだけれど、苦い思いが消えてくれない。

 

往診は、昔はだいぶいい稼ぎになった。今はどうだかわからないけど。

だから若いドクターは、体の不自由な患者さんのもとへ使い走りに出させられる。

ろくな治療器具など無い。

一軒あたり、ほんの消毒程度をするだけで15000円くらい病院の収入になった。

 

人は亡くなるとき、肺炎が死因であることが多い。産婦人科医の僕の祖父もそうだった。

口の中が不潔になると口腔内の菌が肺へ侵入するからだ。

だから口腔内を清潔に保つことはとても大切。

 

脳梗塞で半身が不自由な患者さんがいた。

言葉も上手く発することができない。

倒れる前に残っていた歯牙はほとんど溶けてしまって歯肉に埋もれていて。

だから歯肉は常にパンパンに腫れて悪臭を放っていた。

そしていつも、言葉にならない声で痛みを訴える。

 

僕は院長に懇願したんだ。

僕が担いで車に乗せるから僕の車で病院に連れてきても良いかと。

 

「一回でも病院で診察したら、今度から往診ができなくなるだろ!」

 そう怒鳴られたんだ。

「でもレントゲンを撮って腐敗した歯牙を抜歯しないと痛みがとれないんです」

「おまえに何ができる、それに一回消毒に行くだけでいくらになると思っているんだ!」

・・・だめだった。

 

その方はね、結局肺炎で亡くなったんだ。

3000円の香典を持ってはいたけれど、僕は葬儀場に入ることができなかった。

 

 

僕はいつか運転手になりたい。

週に一回、体の不自由な方を僕のクリニックに送り迎えをしたい。

そして彩香と夏に診てもらうんだ。

その日、僕はあくまでも運転手。ハイエースとかで。

いつかそんな診療ができたらいい。

 

クリスマスはもう終わったね。

だから悲しい手紙を許してほしい。

 

 

 いつかきっと叶いますよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

1 Comment

  1. Takako

    はじめまして。今、矯正を始めたところなので、いろいろ調べてたら、こちらにたどり着きました(≧∇≦)
    私は医者が嫌いです。先生が書かれてるこんな人も沢山いるのを知っているからです。
    ドライバーになりたいって思われる、そんな先生が何人いるんでしょうか?
    先生は変わらずにいてください。

    そして、入院患者や年寄りにどう歯をケアするのか、医者、看護師、家族にもっと啓蒙してもらいたいです。
    拡散します◡̈

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