痛みとは耐えるのではなく抱きしめるもの

 

僕は痛みに慣れている。

肋骨の折れる音も、胸骨や踵の骨が割れる音も聞いた。

肩の靭帯が切れる音も、肘の靭帯が伸びる音も。

 

骨が体を突き破ると、さすがに動けない。

僕の鎖骨は、もう15年以上くっついていない。

 

「痛みを無視しろ」とか「痛みを切り離せ」とか言う人もいるけれど、普通の人にはできない。

痛みは体が発するシグナルだ。

「ここ怪我してるからもう動かさないで」って体が頭に教えてくれる。

そんな時は「ごめんね無理させちゃったね、教えてくれてありがとう」。

そう言って優しく撫でてあげる。

痛みを抱きしめてあげる。

 

 無理に耐える必要は無い。

鎮痛剤を使うのもいい。

そこに痛みがあることを一時忘れるのもかまわない。

四時間も過ぎれば、いずれ思い出すから。

 

 

 

 

 急に携帯の地震警報が鳴った。

揺れが収まった後、すぐに病院のモニターをNHKに切り替えた。

NHKのアナウンサーは「3.11を思い出してください!津波警報が出されました!3.11を思い出してください!」何度も何度も叫んでいた。

病院のスタッフも患者さんも、その声に恐怖して固まってしまった。

 

 

 

 

 僕の体の痛みは治療の邪魔になる。

だから看護婦さんに鎮痛剤の点滴を入れてもらう。

あまり好きじゃないけど、しょうがない。

 

 

点滴が落ちていくのを見ながら思ったんだ。

 愛する人を失った心の痛みはどうすればいい?

 

・・・誰かに抱きしめてもらうしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、つらい人へ。

せめて僕から抱擁を。